「オーデンは、最後に云う――
 詩人が無教養な百姓に出会ったとする。彼らはお互いに多くを語れないかもしれないが、ふたりが役人に出会ったとすると、疑惑の感をともにするだろう。ふたりとも、役人がグランド・ピアノを投げ飛ばせるといっても信じない以上に、彼を信用しないだろう。ふたりが政府の建物にはいったら、おなじ懸念を感じるだろう。おそらく、彼らは二度と外には出られないだろう。ふたりの間の教養の相違がどのようなものであろうと、人間が統計として扱われている役人の世界では、ともにある非現実的な匂いをかぐ。夕方、この百姓はトランプをやり、詩人は詩を書くかもしれない。しかしそこには、彼らふたりが賛成しているひとつの政治的原則がある、すなわち、名誉を重んじる人間が、必要とあらば、そのために死ぬ心構えをしていなければならない半ダースあまりのもののうちで、遊ぶ権利、とるに足らないことをする権利は、決して小さな権利ではないということである。

田村 隆一 / 青いライオンと金色のウイスキー(1975)

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