雲州堂の夜――共演のカートンボックスさん。
シンガー尾花桃子さんから、ぼくとタツノブさんは時たま演奏の機会をもらう。尾花さんは音楽の多様性を常に教えてくれる。そう、いつも教えられる立場だ。本番前の数回、あーだこーだとリハーサルをするけれど、貸しスタジオのロビーで、それぞれの音楽体験を交換するのが、いつの間にか恒例になった。さほど話題のないぼくは、もっぱら聞き役だ。
この夏、彼女が体験したオーケストラの指揮の話は際立って刺激になった。指揮棒はリアルタイムではない。いつも半秒先の未来を切り取っている。楽団員をどこへ向かわせるかは、棒の先っぽにかかっているのだ。当たり前だろうけれど、「せーの」の合図で始まるヘッド・ミュージックをやっているぼくには、胸がどきりとする話だった。フォーカス・ポイントと猫を撫でることの関連だったり、あるいは、ダイナミクスを表現するためのテーブル・ラインのことだったり。
ライブ当日、本番が終わって、片付けをするぼくに「あ、カノエさんこれどうぞ」。客出しのSE『アパラチアの春』の音源を手渡してくれる。彼女が指揮棒を手に、数日間にわたって奮闘した曲だ。しばしアタマを下げて押し戴いた。
