東洋では、無とは違った意味で、虚っていう言葉を非常によく使います。それで、僕は、虚っていうことを小説で言ってるんですよ。虚のことを数学では虚数って言いまして、虚数はマイナス一を開くわけですよ。ルート。それを虚数っていって、英語ではイマジナリーナンバーっていうわけです。想像数なんですよね。英語の「イマジナリー(imaginary)」っていうのと、東洋における「虚」っていうのは幾分違いまして、東洋の「虚」っていうのは、想像数ではないんです。とにかく「実」じゃないものなんですね。われわれの知っているものは、どこまで行っても実際にあるもの。原子でもなんでも、全てあるものなんです。いくら小さくなっても。

しかし、「虚」は、その以前。つまり、哲学では「非在」っていう言葉を使います。存在と非在などという。realとunrealですね。「虚」はもっと広いものなんですよ、東洋の「虚」ってものは。西洋でいう非在から存在は出てこないかもしれないですけれど、東洋の「虚」っていうのからはなんでも出てくる。不思議ですけれども、あらゆるものは「虚」から出てくるんですよね。これは、言いにくいけれども、その「虚」を僕は小説に書いているんです。

埴谷雄高/インタビュー(1992)

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